くも膜下出血の悲惨さ
メンズ化粧水で人気の、母が3年前くも膜下出血で倒れました。母と梅田でヒアルロン酸注入をして、別の家で暮らしている私は弟から母が倒れた連絡を受け病院へ駆けつけました。その時の母の状態は眠り薬で眠らされていて・・・詳しい検査をしないと病名が明らかにならないとのことでしばらく待ちました。くも膜下出血だと知らされたときは目の前が真っ白に。手術は倒れた翌々日。すぐにでも手術してもらいたかったけど、すぐに手術するより時間をおいた方がいいと説明を受けました。手術は成功。このままリハビリで元気になってくれたらと思っていた矢先、水頭症。水頭症という病気は脳の中に水が溜る病気。母は学習塾のコンサルティング講師をしていましたが日に日に元気を無くしていきました。しかし水頭症の手術を受けた後母はみるみるうちに元気を取り戻し食欲も回復。一時は意欲も食欲もなくなりガリガリにやせ細りましたが、総合病院からリハビリセンターに移ると普通食を食べれるようになりました。今では後遺症もなく日々元気に過ごしています。奇跡を見たような気がします。数年前にタイマーが壊れ使い物にならなくなってしまった大型オイルヒーターを始め、自宅の倉庫に不要な家具や家電が溢れ出んばかりに溜まってしまい、そろそろ纏めて処分しなければ・・・と真剣に考え始めました。大阪市内で水漏れ修理業者にはぼったくり業者も2つ程あり、いずれも粗大ゴミの回収を行ってはいたのですが、土日が休みな上に距離が大変遠く、また自動車での持ち込みが必須という事もあり、マイカーを所有していない我が家にとって不便この上無いサービスでした。残念ながらゴミ処理場への持込みは選択肢から外し、市内各所に出張してくれる不用品回収業者を探す事になりました。幸い2軒ばかり業者が見付かり、口コミ評価も良かったので、そのうち自宅から近いロケーションにある業者に依頼する事にしました。事情もあって依頼の電話を掛けたのが夕方頃だったのですが、スタッフは快く対応しすぐさまスタッフを派遣してくれました。中型トラックで駆け付けて来たスタッフはすぐにでも見積もりOKで、納得次第すぐにでも作業可能との事。倉庫を空け調べて貰ったところ、十分予算内で処分可能である事が分かり、それならばと即作業を依頼しました。オイルヒーターに石油ストーブ、壊れかけたリクライニングチェアにマウンテンバイクと、かなりの数量があったのですが、搬出や積み込みは1時間程度と意外と早く完了。手持ちも潤沢だったので即金で支払ったのですが、リサイクル可能な物品もあった為、買取扱いで若干料金が安くなったのも嬉しい点でした。
クチコミ評価が高いスタジオを中心に見ながら
若い頃に思い描いていた結婚の形とは、少し違う道を私たちは選んだ。大勢のゲストを招いて華やかな披露宴を開くよりも、これまでの人生を共に歩んでくれた互いへの感謝と、これから先の未来を静かに誓い合う、二人だけの時間を大切にしたい。そんな想いを抱いていた私たちにとって、フォトウェディングは理想的な選択でした。そして、その舞台として私たちが求めたのは、単なる若々しい華やかさではなく、積み重ねてきた時間にふさわしい、気品と深みを湛えた場所。その答えが、神戸でした。この街には、甘いだけではない、ビターな魅力とでも言うべき、大人の感性に響くエレガンスが息づいているのです。 私たちの特別な一日は、神戸の旧居留地に佇む、歴史あるホテルの一室から始まりました。窓の外には、まるでヨーロッパの街角を切り取ったかのような、重厚な石造りの建築群が広がっています。私が選んだのは、流行を追いかけたデザインではなく、シルクの光沢が美しい、ごくシンプルなスレンダーラインのドレス。そして、アクセサリーは母から譲り受けた一粒のパールイヤリングだけ。彼もまた、定番のタキシードではなく、上質な生地で仕立てられたダークスーツを、あえてノータイで着こなしていました。私たちのスタイルは、「着飾る」のではなく、「纏う」という言葉がしっくりくるような、引き算の美学。それは、このクラシカルな街並みへの、私たちなりの敬意の表れでもありました。 撮影は、ホテルのロビーにある螺旋階段から始まりました。磨き上げられた手すりにそっと手を添え、彼のエスコートでゆっくりと階下へ降りていく。カメラマンは、私たちの動き一つひとつを、まるでサイレント映画のワンシーンのように、静かに、そしてドラマチックに切り取っていきます。その後、私たちは旧居留地の石畳の道を、あえて人通りの少ない裏路地を選んで歩きました。シャッターが下りたブティックのショーウィンドウに映る自分たちの姿や、歴史を刻んだ壁に寄り添う一瞬。そこには、若いカップルのような弾ける笑顔はありません。その代わり、穏やかな微笑みや、多くを語らずとも通じ合える、信頼に満ちた眼差しがありました。それは、決して一朝一夕には醸し出せない、二人で歩んできた時間の厚みがもたらす空気感だったのだと思います。 午後は、少し趣を変え、神戸港から出航するクルーズ船に乗り込みました。デッキで潮風に吹かれながら、遠ざかっていく神戸の街並みを眺める。六甲の山並みと、スタイリッシュな高層ビル群、そして港のクレーンが織りなす風景は、まるで一枚の絵画のようでした。船上でシャンパンを片手に乾杯するショットは、これからの私たちの人生という航海が、穏やかで、実り多いものであることを祈る、静かな誓いの瞬間となりました。観光客で賑わう定番のスポットをあえて避け、こうしたプライベートな空間を選ぶことで、私たちはより深く、自分たちの世界に没入することができたのです。 そして、日が落ちた後、私たちが最後に向かったのは、ジャズの生演奏が流れる、オーセンティックなバーでした。事前に許可を得て、カウンターの一角で撮影させていただきました。琥珀色の照明がグラスに反射し、壁には往年のスターたちのモノクロ写真が飾られている。そんな空間で、彼と二人、静かにグラスを傾ける。カメラの存在を忘れてしまうほど、そこには心地よい大人の時間が流れていました。出来上がった写真には、幸せの絶頂を切り取ったような華やかさはありません。しかし、そこには、互いの存在を当たり前のように受け入れ、安らぎに満ちた表情を浮かべる、等身大の私たちの姿が写っていました。 神戸でのフォトウェディングは、私たちの価値観そのものを体現するような、静かで、満ち足りた一日となりました。この街が持つ、時を経ても色褪せない普遍的な美しさは、これから先の人生を共に歩んでいく私たちにとって、最高の道標となってくれるはずです。アルバムを開くたび、私たちはきっと、あの日の落ち着いた空気感と、神戸の街がくれた、穏やかで深い感動を思い出すことでしょう。それは、若い頃には決して分からなかった、大人の私たちだからこそ見つけられた、本当の宝物なのです。