顔面神経麻痺の診療に長年携わっていると、後遺症としての拘縮や共同運動を「治そう」として、顔の筋肉を力いっぱい揉みほぐしてしまう患者さんに多く出会います。しかし、これは医学的に見ると非常に危険な行為です。顔面神経は、非常に細い管の中を通っており、一度損傷を受けると、再生する際に本来行くべきではない筋肉へと枝を伸ばしてしまう「誤再生」が起こりやすい特性を持っています。この誤再生の結果として起こるのが共同運動です。そこに強い外部刺激、つまり強いマッサージが加わると、神経の異常な電気信号を助長し、後遺症を固定化させてしまう原因になります。私たちがリハビリテーションとして推奨するのは、あくまで「愛護的なマッサージ」です。これは筋肉の血流を維持し、廃用性萎縮を防ぐとともに、硬くなった組織を物理的に柔軟に保つことを目的としています。診察室でよくアドバイスするのは、自分の指を「最高級のシルクを触る時のように」使ってくださいということです。指の腹を皮膚に密着させ、皮膚そのものを動かすのではなく、皮膚のすぐ下にある薄い表情筋を意識して、1ミリから2ミリ程度の幅で優しく揺らします。特に側頭部や首の横の筋肉をほぐすことも忘れてはいけません。顔の筋肉はこれらと繋がっており、顔以外をリラックスさせることが、結果として顔の緊張を解くことに繋がるからです。また、低周波治療器などの電気刺激を自宅で行うことは、後遺症がある段階では慎重であるべきです。強い電気刺激は筋肉を過剰に収縮させ、拘縮を早める恐れがあるからです。マッサージの効果を数値化することは難しいですが、毎日継続している患者さんと、そうでない患者さんでは、数年後の表情の自然さに明らかな差が出ます。後遺症は「治る」というより「管理する」という意識が重要です。適切な強さと頻度を守り、自分の顔と対話するようにマッサージを行うことが、現代医学における顔面神経麻痺リハビリの王道と言えます。医師はあくまでガイドであり、毎日顔をケアする主役は患者さん自身です。その努力が、少しでも質の高い生活に繋がるよう、私たちは常に最新の知見を提供し続けたいと考えています。
専門医が語るリハビリテーションとしての優しい顔の刺激