くも膜下出血を経験した後、退院して社会に戻ったときに多くの人を悩ませるのが、記憶障害や注意障害、遂行機能障害といった高次脳機能障害です。これらは周囲から理解されにくいため、本人が「努力が足りない」「以前の自分ではない」と自責の念に駆られやすい後遺症ですが、生活の工夫次第でその不便さを大幅に軽減することが可能です。まず実践すべきなのは、情報の外部化です。脳のワーキングメモリ、すなわち短期的な記憶の容量が減少している状態を補うために、スマートフォンのカレンダー機能やリマインダー機能を最大限に活用しましょう。買い物メモはもちろん、薬の服用時間、誰と会う約束をしているか、さらには「ガスコンロを確認したか」といった些細な不安もすべてデジタル化して保存する習慣をつけます。また、注意障害への対策としては、環境からノイズを減らすことが有効です。作業をするときはテレビを消し、机の上には今使うものだけを置くようにします。複数のことを同時に行うマルチタスクは避け、1つの動作が終わるまで次の動作に移らないというルールを自分自身に課すことが、ミスを防ぐ最大の近道となります。感情のコントロールが難しくなる情動失禁や易怒性に対しては、自分なりの「クールダウンの儀式」を作っておくことが役立ちます。イライラを感じた瞬間にその場を離れ、冷たい水を飲む、あるいはゆっくりと10回呼吸を数える。これをあらかじめ決めておくだけで、脳の暴走を未然に防ぐことができます。また、睡眠の質を確保することも忘れてはいけません。脳のダメージを修復し、情報の整理を行うためには、健康な時以上に質の高い睡眠が必要です。午後以降のカフェイン摂取を控え、毎日同じ時間に就寝することで、自律神経のバランスを整え、日中の集中力を維持しやすくします。さらに、周囲の人々に自分の障害特性をオープンにすることも重要な戦略の1つです。「記憶が苦手なのでメモを取らせてください」「騒がしい場所だと聞き取りにくいので、静かな場所で話せますか」と具体的に要望を伝えることで、人間関係のトラブルを未然に防ぐことができます。後遺症は決して「恥」ではなく、眼鏡や補聴器を使うのと同じように、適切な補助手段を用いて生活の質を向上させるべき身体の個性です。焦らず、自分の脳の癖を理解しながら、新しい生活のリズムを刻んでいきましょう。
くも膜下出血の高次脳機能障害と向き合うための生活の知恵