あの日、私は確かに死にかけました。3年前の記録的な猛暑日、炎天下での作業中に私は意識を失い、救急車で運ばれました。診断は重度の熱中症。数日間の入院を経て、数値上の異常は消えたとして退院を許可されましたが、私の本当の戦いはそこから始まりました。退院して1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎても、私の体は以前の自分とは全くの別物になってしまったようでした。まず私を苦しめたのは、消えることのない激しい倦怠感です。朝起きた瞬間から全身に鉛を埋め込まれたような重さがあり、ただ座っているだけでも呼吸が苦しくなるほどでした。そして、以前は何の問題もなくこなしていたデスクワークができなくなりました。画面の文字を追おうとすると激しいめまいに襲われ、数分前の会話さえ思い出せなくなる記憶障害、いわゆる脳フォーグと呼ばれる状態が続きました。病院を何軒も回りました。内科、脳神経外科、耳鼻科。どこへ行っても血液検査の結果は正常で、MRIにも大きな異常はないと言われます。お医者さんは最後には必ず、暑かったから自律神経が乱れているのでしょう、ゆっくり休んでくださいと言います。しかし、そのゆっくりがいつまで続くのか、誰にも答えは出せませんでした。職場では、見た目は元気そうなのに仕事ができない私に対して、無言の圧力がかかるようになりました。サボっているわけではない、気合が足りないわけでもない。ただ、脳が指令を出しても体が動かないのです。熱中症の後遺症がこれほどまでに治らないものだとは、あの日以前の私は想像もしていませんでした。夏の太陽が怖くなり、冷房の効いた室内でも常に体調の波に怯える日々。それでも私は、少しずつ自分の体との付き合い方を覚えていきました。1日24時間のうち、動ける時間はせいぜい3時間。その3時間を大切に使い、残りの時間は徹底的に脳を休める。栄養バランスを極限まで整え、自律神経を整えるための呼吸法を毎日繰り返しました。3年が経った今、ようやく以前の6割程度の自分に戻れた気がします。それでも、無理をすればすぐに後遺症の影が忍び寄ってきます。治らないと言って絶望するのではなく、変わってしまった自分をどう受け入れ、残された機能でどう生きていくか。熱中症の後遺症は、私の人生観を根本から書き換えました。あの日失ったものは大きいけれど、今の不自由な体で感じる微かな幸福もまた、私の真実です。同じように、何年も治らない症状に苦しんでいる人がいるなら、伝えたいです。あなたは一人ではありません。この苦しみは決して甘えではなく、あの日あなたの体が必死に生き延びようとした証なのです。
夏のあの日から続く熱中症の後遺症と向き合う私の日々