50代という働き盛りで突然の脳梗塞に倒れたあの日から、私の後遺症との戦いは始まりました。右半身が鉛のように重く、自分の意志で指1本動かせない絶望感の中で意識を取り戻したとき、最初にしたことは泣くことでした。しかし、リハビリ担当の先生から「脳は必ず新しい道を作ってくれます」と言われた言葉が、私の唯一の希望の光となりました。入院生活の初期は、寝返りを打つことさえ大仕事でしたが、毎日繰り返される厳しい訓練の中で、1ヶ月が経った頃に右手の親指がピクリと動いた瞬間の感動は一生忘れません。それは、私の脳が再生を始めた小さな産声のように聞こえました。回復期リハビリテーション病院に転院してからは、1日に3時間の集中的な訓練が始まりました。麻痺した足を装具で固定して一歩を踏み出す練習は、まさに幼児が歩き方を学ぶ過程そのものでした。何度も転びそうになり、膝の痛みに耐えながらも、私は「昨日より1メートル遠くへ」という目標を自分に課しました。言語の障害もあり、思うように言葉が出ないもどかしさに苛立ち、家族にあたってしまうこともありましたが、妻は毎日面会に来て私の不自由な手を握り続けてくれました。発症から半年、私は杖を使いながらも自分の足で退院の日を迎えました。自宅に戻ってからは、リハビリ室とは違う段差や環境に戸惑いましたが、家事や散歩をリハビリの一部として取り入れました。料理の際に麻痺側の手で野菜を押さえる、新聞を音読するといった地道な作業を1日も欠かさず続けました。1年が経過した今、右手に若干のしびれは残りますが、車の運転も再開し、職場復帰も果たしました。脳梗塞の後遺症は、私の身体から自由を奪いましたが、同時に1日を生きることの尊さと、周囲の優しさを教えてくれました。後遺症を治すのは、薬や機械だけでなく、自分自身の「絶対に諦めない」という執念なのだと確信しています。今、同じ苦しみの渦中にいる方に伝えたいのは、どんなに小さな進歩でも自分を褒めてあげてほしいということです。その積み重ねが、いつかあなたを自由な場所へと連れて行ってくれるはずですから。
私が脳梗塞の後遺症を克服した1年間の記録