私は45歳になった今、20代の頃に遭ったごく小さな追突事故の重すぎる代償を払わされています。当時の私はまだ大学生で、信号待ちの最中に後ろから軽くぶつけられた程度でした。車に大きな傷はつかず、病院でも「全治2週間の頸椎捻挫」というありふれた診断を受けただけでした。数日間は首が回しにくい程度の痛みがありましたが、若さゆえの驚異的な回復力ですぐに忘れ去り、保険会社との示談も事務的に済ませてしまいました。しかし、それからちょうど20年が経過した頃、私の身体に異変が起き始めたのです。最初は、デスクワークが続いた日の単なる肩こりだと思い込んでいました。しかし、次第に右手の指先が火傷をしたようなピリピリとしたしびれに襲われ、朝起きた瞬間に首が鉄板のように固まって一ミリも動かせない日が続くようになったのです。慌てて専門の整形外科で精密なMRI検査を受けたところ、医師から告げられた言葉は衝撃的でした。画像には、過去の負傷部位を中心として骨の端がトゲのように突き出した骨棘が映し出されており、それが神経の通り道を著しく狭めていたのです。20年という気の遠くなるような月日が、受傷時に生じた目に見えない微細な歪みをじわじわと広げ、私の神経を物理的に破壊するまでに成長させていたという現実に、私は愕然としました。現在の私を最も苦しめているのは、雨が降る前や台風が近づく日に襲ってくる、頭を割られるような激しい割れるような頭痛と吐き気です。仕事に集中しようとしても視界がぼやけ、大切な家族との夕食の時間さえも、痛みによる不機嫌さと疲労感で台無しにしてしまうことが増えました。あの時、もっと慎重に治療を継続していれば、あるいは自分の身体を「完治した」と思い込まずに労わっていればという激しい後悔が、今さらながら波のように込み上げてきます。むちうちは、事故の瞬間だけで完結する怪我ではなく、その後の数十年という人生の時間を静かに侵食し続ける恐ろしい病気であることを、私は今、身をもって痛感しています。外見からは何の問題もないように見えるため、周囲にこの苦しみを理解してもらえない孤独感は、肉体的な痛み以上に心を削ります。20年後の後遺症という目に見えない怪物を抱え、私はこれからも一生、自分の身体を騙しながら生きていかなければなりません。事故という一瞬の出来事が、20年後の日常をこれほどまで無慈悲に奪い去るとは、当時の私は夢にも思いませんでした。もし今、むちうちに悩んでいる方がいるなら、たとえ今の痛みが軽くても、20年後の自分を想像して、決して無理をせず徹底的なケアを行ってほしいと心から願わずにはいられません。